「続けてもらう」が一番難しい – 改善提案をするのは簡単だけれど

誰かに「続けてもらう」
それはとても難しいことだ。

必死に社内で調整して、キーパーソンに承認を得るためだけの膨大な書類作業をこなし、
改善内容を理解してもらって、改善を1つ始めるとしよう。

そこまででも一苦労だ。

ただ、仕事は一人でやることではなく、誰かに「仕事してもらう」「続けてもらう」ことが必要だ。

まず、仕事をしてもらうには、改善内容・理由を理解してもらう必要がある。
内容を理解しても、「なぜそれをやるのか?」がないと感情がついてこないからだ。

人間は理性的と言われるが、ほとんど感情が支配しているのではないだろうか。
少なくとも私は、その人の感情面を考えてから話を始める。

さらに、続けてもらうための具体的な手法としては、
・改善作業を続けているかチェックする
・作業内容を記録する習慣を作る
等が挙げられるだろう。

抽象化すると、「改善を記録するシステムを作り上げる必要がある」のではないだろうか。

加えて、作業者の意見を聞き続けて、内容を変えていく。
「自分たちが仕事を作り上げている」という意識を持てるようにする。

そうしなければ、よくある以下のような流れになるだろう。

~~~

得てして、トップダウンであるとマネージャーから「〇〇をやれ」で始まる。

現場としては、
「いきなり何なん?(何故それをするんですか?)」
「え、通常業務にプラスしてそれやるのは無理なんですけど…(現場を理解していないのでは?無理っすよ)」とはなかなか言えない。
とりあえず「わかりました!」と言っておく。

理由を聞いておらず腹落ちしていない分、その作業が何を改善したいのかわからない。
ゆえに、工夫のしどころがわからない。
理解していたとしても、会社に頑張るインセンティブはないことが多いだろう。
「その上司のために、会社のために働く?馬鹿らしい。」みたいな感じだ。
長い時間そこに居れば、給料が勝手に上がっていくという謎のシステムのおかげだ。

それを続けていても、いなくても、マネージャーは見ていない。
「それならやる意味なくね?」と思い、一人、また一人とやる人が減っていく。
まじめにやってた人も馬鹿らしくなってやめる。

そして、思い立ったころに「〇〇はやっていないのか?」と聞かれても誰も進めていない。
マネージャーは「何故この人たちは改善をしないのか?」と勝手に失望する。
そしてどんどん、改善提案が出ずに硬直化していく。

~~~
あるあるですよね。こんな感じで。

有能なマネージャーであればあるほど、
「自分はできるのに、なぜこの人たちはしない(できない)のか?」とイライラを募らせていく。

一歩立ち止まって考えてほしいのは、
・情報格差があるのでは
・やる気は求めるものではない
・(個人)が悪いと考えてはならない
等、自分をベースに考えるから失敗するってことですね。

やる気がなくても(そんなに頑張らなくても)、
スキルがそんなになくても、
今いる人なら誰でもできるシステムを考えることがマネージャーの仕事です。

そこには、「自分だったらどうするか」より、
「誰でもできるようにはどうするか」→「どこにベースラインを置いて考えるか」→「ベースラインがここならこの程度の仕事(や考え、計算方法)は大丈夫だろう」という仮説・検証を行う必要があります。

そうしないと続けてもらう前にとん挫します。マジで。

コンピュータエンジニアを目指す人に送る、この1冊だけは読んで欲しい本

私はあなたに、「世界でもっとも強力な9つのアルゴリズム」を読んで欲しい。

なぜなら、あなたのエンジニアを目指す根源がわかるからだ。

この本の中で、あなたは何に惹かれるだろうか?
セキュリティ?
パターン認識?
データベース?
デジタル署名?

・・・もしかしたら、この本の中には答えがないかもしれない。
デザインに興味があるのだろうか?
それとも、web自体?

あなたが何に興味があるのか?

それは何故なのか?

それを言語化しておこう。

言語化することで「なぜ目指すのか」がわかりやすくなる。

例えば、私はパターン認識に非常に興味がある。
大学院で昆虫の脳神経科学を学んでいたこともあり、「どのようにコンピュータは状況を認識しているのだろうか?」「この認識はどこに由来するのか?」と強く惹かれた。
何故そのように感じたかと言うと、人の欲求や苦しみはどこから来るのか?ということに興味があるからだ。
その理由として大きく二つある。
一つ目は小学生からパソコンにかじりつき、アンダーグラウンドな生活を送っていたことから、本当に話が合う人がほとんどいなかったからだ。発想が独特すぎて、人にわかって欲しいという体験がほとんどだ。今もそうだが、、。この欲求がどこから生まれてきたか、それを知りたいと思う。
二つ目は私自身ガン家系で、身内がもがき苦しんで亡くなることしか体験していないからだ。100%苦しむ。私もそうなるのか?果たして、苦しみはどこから生まれるのか?なぜ脳は耐え難い苦しみを認識し続けてしまうのか?ということに興味がある。
そのため、パターン認識に興味がある。
さらに、コンピュータのパターン認識方法に「ニューラルネットワーク」、その発展型の「畳み込みニューラルネットワーク(CNN)」(ディープラーニングの一種)を見つけた時、震えた。なぜなら、私の研究分野がそのまま再現されていたからだ。

そのように、元々あなたが何に興味があるのかを明確にしておいた方が長続きする。しかも、苦労していても乗り越えることができるパワーの源を知った人の方が、知らない人より圧倒的に強かだ。

だからこそ、あなたにはたった一冊でいい。
この本を読んで欲しいのだ。

メーカーに作るこだわりは必要ない

「なぜか顧客のことを良く見ていない」というより「メーカー」に縛られている企業が多いと感じる。
確かに、今まで培ってきた製造技術や生産量は国内トップクラスかもしれない。
ただ、「作る」だけに拘ってるように感じる。

確かに、「作っていれば生活できる」という面は否定しない。
自身の生活が大事だということは十分に理解できる。

動物医薬品メーカー(鶏)を例として挙げよう。
そこは私自身が働いているから解説しやすいのだ。

彼らは動物用の医薬品薬を供給している。
具体的に言うとワクチンだ。

顧客はなぜそれを購入しているか?
動物たちの病気を予防するためだ。

なぜ病気を予防しなければならないか?
顧客のビジネスをストップさせる要因を取り除くため・・・
つまり、ビジネスを上手く進行させるため、だ。

特に牛や豚と違い、大規模集約化が進んだ養鶏業界はビジネス・・・卵1個で0.*銭儲けられるか?というようなシビアな業界だ。
だから、「かわいそう」という感情よりもまず経済理論が優先される。

例えば、鶏は病気になってしまえば殺処分される。
エサの分だけ飼っているのが無駄なのだ。
そのため、予防に重点が置かれている。
だからこそ、ワクチンへの需要が非常に高いのだ。

ただ、ビジネスをストップさせる要因、病気を予防するにはワクチンの供給だけでいいのだろうか?

もちろんワクチンをさらに安価に供給するために、オペレーションの改善改良は必要だろう。
病気の予防にはワクチン以外の方法がいくらでも考えられるだろう。

例えば近年重要視されている飼育・衛生環境をデータ化し、病気の発症後の対策を行うこと、発症前に環境値の異常を検知して改善を指導することの取り組みが可能だろう。
さらに具体的に言うと、消毒剤の使い方、濃度、回数を検討し「薬剤耐性菌を減らすにはどうすればよいのか?」のデータを積み重ねることができるのは実験施設がある企業しかできないだろう。

顧客目線の取り組み、そして顧客との取り組みがあればあるほど、彼らにモチベーションを与えるだろう。
「この人たちのために仕事をしている」というBtoC企業では当たり前の目線が、BtoB企業には少ないのではないか。

その会社と取引があることによって、「ビジネスを上手く進行させることができる」サービスはBtoB企業にも必要だ。散々経済誌等で言われているのだが、企業内ではなかなか理解されない。

いかに上手く儲けさせることができるか?
本当に顧客が求めているものは何なのか?それは自社で達成できないか?を私は良く考えたい。

現状のままでも彼らの商品には十分な利益がある。
そのままのビジネスモデルでも何年も生きていけるだろう。

ただ、よく考えて欲しいのは、「何十年も使い古されたビジネスモデルでいいのか?本当に日々前進しているのか?」ということだ。

現状維持は後退である。
これは日進月歩のIT業界に対して言われることが多いが、「どこの業界でも同じではないか?」と私は考えた。

大学は無意味か

大学に行く理由は何だろうか?

私は「世の中の空気を知ること」と考えた。

現代では「企業の即戦力」育成のための職業訓練校に重点を置くような提言が出されている。
職業教育を行った高スキル化した即戦力、、、果たして必要なのか?
今まさに必要なスキルとしても、それは5年後どうなる?
安い代替品が来ればどうなる?
いつものようにあっさり捨てられるのでは?
大学に行くこと、つまりリベラルアーツを知ることは「空気を知ること」が一番大事だ。

世の中のデフォルト設定を知るために
私の専攻の化学では、化学で世界を説明する方法を学んだ。

陽子電子が集まり原子に、
原子が集まり分子に、
分子が集まり高分子に、
特定の高分子が集まりタンパク質に、
タンパク質が集まり人間に。

電子の集まり方、向き、回転、エネルギー量、、
原子は同じでも、組み合わせが異なれば別の分子になる。
原子の組み合わせは同じでも、左手と右手のような鏡のような分子も存在し、人はそれを舌で認知することができる。
例:フルクトース(α、β型)β型が特に甘みが強い。

それらは物理法則に支配されている。
しかし、それだけではない。
光学も量子力学も学ばなければ説明できなかった。
そこでは、世界は複雑に絡み合い、関係していた。
全く知らない世界だった
そうしているうちに化学の視点でのデフォルト設定を学んだわけだ。

「大学で何を学んだか?」
私は「化学」と答えるだろうが、歴史も学んだ。
天才と呼ばれた人々が考えた理論もいつかは否定されていた。
天才は常に正しい訳ではなかった。
失敗している方が多かったのだ。
ただ、天才は狂気だった。
失敗しても失敗してもめげない。
そのことから、興味があることを突き詰めようと思った。
ただ、自分のデフォルト設定が何かを学ばなければ、偏った思考のまま暮らしてしまう。

あなたに言いたいのは「レッテルを信じるな。」ということだ。
外資系勤務でも同じ人間だ。
1時間話しても結局わからないし、
そんなに人間のレベルは変わらなかった。
確かに「高学歴の人=高い確率で頭のいい人」だが。
だた、自己表現がうまいやつが評価されるし、評価されなければ活躍の場にも上がれない。
大学はそれを知る場だった。
つまり、レッテルで判断するほうが簡単だし、「普通の人はレッテルで判断する」ってことだ。あなただけが覚めている。

デフォルト設定は自分の意識だ。
意識を主としてはいけない。
「自分が考えていることは間違ってるかもしれない」という考えを持とう。
加えて、自分の考えをプラス面とマイナス面で考えよう。
そこから、自分の意識を知ろう。

自分の意識を知ることができれば、社会に出たときにもいいことがある。
例えば、社会人になると体験するが・・・
朝、起きて、くる日もくる日も同じことをする日が来る。
誰も教えてくれない真実だ。

今日も10時間以上働いて帰る時、
電車で見るのは、
・疲れたサラリーマン
・隣で寝てるOL
・うるさく話す人々
など様々なストレスに直面する。
くる日もくる日も同じことをしているし、人間関係もいろいろあるしでストレスがたまり、「鬱陶しい」と考えるのは自由だ。

ただ、自分のデフォルト設定が「鬱陶しい」と考えてしまうことを知っているあなたなら、いくらでも「自分の考えること」をコントロールすることができる。
もしかしたら、その人達は以前、取引先に間違った書類を送ってしまったあなたを助けてくれた人かもしれない。
もしかしたら、事故を起こした時にサポートしてくれたアシスタントかもしれない。

あなたは、「考える範囲を考えること」ができる。
彼らも「鬱陶しい」と思っているかもしれない、と想像できるのだ。
いつも駅員の対応にイライラするかもしれない。
ただ、彼らの仕事は決して楽しいものではないかもしれない。
頑張って仕事をして、疲れているのかもしれない。
イライラしても仕方ないし、自分も誰かをイライラさせている可能性がある。
そういうことを「考える」力があると言うんだろう。

学ぶことで傲慢さが減る。
知らないことを知ることで、自分の至らない点が見えるだろう。

さて、自分が信じることは何だろうか。
お金やモノか?
知性や美醜か?
それらに拘っているうちはずっと苦しい、と告白しておこう。
もちろん世界はその欲求で動いている。
自分の頭の中は自由だが、自由には責任があるのだ。
私が思うに、一番今の世界で必要とされているのは、
いつか遠い日を信じて、誰かのために見えないところで働くことだろう。
「今」ではなく、「未来」を見よう。

空気とは何か。
世界の動き、当たり前を知らなければならない。
自分以外を知らなければならない。

それには、常に知ることが必要だ。
空気は常に変わる。
ただ、すぐには変わらない。
自分の周りの空気がなくならないように、次を見据えて考えよう。
大学は「空気を知ること」で、その人の人生を豊かにするために存在している。

たった213円稼ぐのに5年掛けた話


私がブログをはじめて約5年、

やっと収益が213円出ました!
昔から色々手を出していましたが、ほとんど失敗ばかり・・・。

なぜ今、少しでも収益が出るようになったのでしょうか?

お金に対する思い込みがあった

私には、

「お金は労働でしか得られない」
「労働者としてお金をもらうのが当たり前」

という2つの思い込みがありました。

本音を言うと、「お金のことを考えることから逃げていた」とも思います。

当たり前のように仕事に行き、当たり前のように10時間近く働く・・・その対価がお金だと。

一体どこから、どうやってお金が出るのか?
そういったことは全く考えていませんでした。

例えば、

会社員(特に正社員)は時給で働いているのでしょうか?

これは「No」です。

定められた日にこれだけの時間働けば・・・と考えると、時給になりますよね。

ただよく考えてほしいのは、

そのお金(賃金)はどこから発生していますか?

例えば、メーカーなら商品が売れればお金が入りますよね。
サービス業ならサービスの対価としてお金が入る。
モノ・サービスを出すことで、お金を手に入れます。

つまり、扱っているモノやサービス(価値)によって手に入れられるお金の総量は決まってきます。

コンサルティング業界(平均年収1263万円)と介護業界(平均年収361万円)での賃金格差でも分かる通り、

いくら頑張っても給料は増えません。

自分が給料をコントロールできないのに、せっせと頑張っていたわけです。
※頑張るなと言っているわけではありません。

それで、「私に給料をコントロールできるモノは何かあるか?」と考えたとき、

私にはブログや情報発信があるな

と思ったわけです。

情報を価値として届け、それをマネタイズするということですね。

「収益化をするのも面白い。すぐ結果も見えるし、チャレンジしがいがある分野だ。」と思って始めたわけです。

お金持ち=悪か?

お金持ちは悪いことをしているという人が居ます。

本当でしょうか?

有名なブロガーの方はブログだけで生きているそうです。
イケダハヤトさん
かん吉さん
 等等

加えて、誤解を恐れずに言うと、

日産のカルロス・ゴーン氏は・・・もらい過ぎなのでしょうか?
10億3500万円もの年俸だったそうです。ですが、私はもらい過ぎだとは思いません。

ミシュラン、ルノー・・・
そして日産の業績をV字回復させ、
ルノー、日産、三菱自動車という世界トップクラスの企業をまとめ続けていたという実績は
1年で10億円積んでも手に入れられたでしょうか?

それだけ価値を生んでいる・・・そう考えると本当にお金持ち=悪なのでしょうか?

※補足
ゴーン氏が居なければ日産、ルノー、三菱自動車がなくなってた可能性も高いですよね?
今でこそ批判している人は多いですが、それができる人は他に居たでしょうか?

功績と罪は分けて考える必要があると思います。

人には多面性があるので、良いことは良い、悪いことは悪いと切り分けて考えたいですね。

「お金は信用」という転換へ

商品・サービスが売れる、ということは、
お客さんはその会社を信用して、その金額で買っているわけです。

iPhoneやMacBookも割高だなーと思う人もいれば、いくらでも欲しい人もいるわけです。

その商品やサービスに「その価値がある」と信頼してくれていると考えてよいのでは?と思いました。

中国製も「安かろう悪かろう」から、ファーウェイやZTEのように非常に高い技術を持った会社が生まれてきています。

どんどん世の中は変わってきていますが、「お金は信用」ということは変わっていないと思います。

「信用があればお金はついてくる」という仮説

現在、サイト全体で月10万PV程度です。

「これを完全に収益化するといくらになるのか?」という問い。

新しくサイトを立ち上げて信頼度を積み重ね、さらに10万PV上乗せすればどうなるのか。

そこにマネタイズを行うとどうなるか。

いろいろな問いがあります。

まず、信用を積み重ねてから後でマネタイズをしようと考えています。

まとめ

労働することでお金が得られるわけではない。

これは新たな気付きでした。

たった213円ですが、これは大きな前進だと思います。

なぜなら、0→1を達成できたんだもの!

正直、お金のことを甘く考えていました。

「1000円くらいなら簡単に稼げるだろう」と。

仕事で平均年収くらいはもらってるので、余裕だろうと。

・・・できない!まったく。

そもそも、集客や購買行動を起こさせる方法がわからないし、
業界によって収益性がぜんぜん違うこともわかりませんでした。

コピーライティングや惹きつける文章の書き方、読み続けたくなる構成など、まだまだ勉強が足りていないと思いました。

たった213円ですが、すごく重い、貴重な経験でした。 続く

地方と都市部って比較されるけど、都市部の方が子どもにとって良いこと尽くめでは?


unsplash-logoVanessa Serpas

私は、子供ができたら東京や大阪などの都市部で育ててみたいと思いました。

なぜかというと、
「触れることができる情報量に大きな差がある」
からです。

地方にも良いところがあるのは承知しています。
私も地方出身ですし、都市部にも住んだことがあります。

それでも都市部がいい理由を書き連ねます。

1.情報量が多い

地方と都会部では触れることのできる情報量が違います。

自然の中にも学ぶことが多いのはわかります。

ただ、基礎の情報量が圧倒的に違います。

電車に乗る、カフェにいるだけでも多くの広告や商品、人に遭遇します。

翻って地方では、情報を自分で手に入れようとしない限り、触れることすらできません。

確かに現在では、スマートフォンでさまざまな情報を得ることができます。
しかし、「自分の意図しない情報」を得ることは困難ではないでしょうか?

都市部は基礎の情報量が多いため、
意図しない情報に触れることができる可能性が地方に比べて多いです。

「なぜ情報が必要なのか?」と言うと、

「少ない選択肢で選んだ答えは、あとで多くの選択肢を知った時に後悔する」からです。

さらに「なぜ意図しない情報が必要なのか?」と言うと、

「自分の知っていること、知りたいことは世界中の少しの部分でしかない」からです。

何か一つを選ばなければならない時、

例えば進学先だとしましょう。

5校しか知らない状態より、
20校を知っていた方が自分に合ったところが見つかりそうではないですか?

そのため、情報量を格段に増やしてくれる都市部が良いと考えました。
果たして、少ない情報量でスマートフォンを使いこなせるでしょうか?

2.選択肢が多い

これは1.情報量が多いに重なるように見えますが、少し違います。

実体験として選択肢の多様性があるか?ということです。

例えば、小学校~高校での経験として、

小学校の友達が当たり前のように私立中学に行く、
小学校、中学校、高校で友達が強制的に変わる、
高校は大学に行くために勉強する場所、

のような人も居れば、

高校までほとんど同じ人
高校卒業後は働く人がほとんど

のような人も居ます。

後者が地方にありがちです。
選択肢がみんな同じと固定化されています。

なぜなら、情報を知らないから。

高校卒業より大学卒業の方が、現在の日本で有利です。

加えて、奨学金を借りたとしても大学の方が有利です。

さらには技術が進歩したことにより、大学院修士、博士にも脚光が当たっています。

「選択肢を知ることができる可能性が高い都市部の方が生きていく力を養うのには良いのでは?」
と考えています。

私には高校3年で「働く」という選択肢はありませんでした。
両親とも大学卒で、大学卒の効力を知っているからでしょう。

ラサール出の友人も「高卒で就職する人いるのは本当なんだな」と驚いていました。
・・・彼は回りが医者か獣医しかいないそうですが。

3.周りの環境が多様

地方の人は地元から離れる選択肢をあまり取りません。

そのため、会う人見る人が全て知っている人しか居ません。

それ故に、知っている環境が1つか2つくらいしかないんです。

翻って都会部では、日常生活でも知らない人が多くいます。

サークルやクラブも数多くあります。

もちろん、外交的な子は地方の環境内でも多くを体験するでしょう。

ただ、自分の子供が普通の子ならどうでしょうか?

確率的に考えて、普通の子である可能性が高いのです。

選択肢が多い方が有利になると思いませんか?

都市部と地方どちらがいいかを選んで、地方に行くなら良いと思います。

その選択肢がない子供たちにとって、未来を奪うことになると思います。

4.価値観が違う人が多い

人が多いということは、「自分にない価値観の人と会う可能性が高い」と言えるでしょう。

地方の人は得てして、「同じ」ということに安心感を覚えます。
「違うのが当たり前」な雰囲気はありませんでした。

「価値観が違う人と話をすることで、自分の偏狭性や思考の狭さを理解することが出来る」ので、
子供たちにはそれを体験してほしいと考えております。。

では、価値観が違う人に会う確率は都市部、地方どちらが多いのか?

価値観が違う人が0.1%で発生するとすれば・・・

1000万人いる東京23区(619km2)都市部
=1km2あたり16人いる

36万人いる奈良市(276km2)地方
=1km2あたり1.3人いる

なんと10倍近くの差がありますよね?

その分、価値観が違う人との遭遇確率も都市部のほうが高いです。

その、価値観が違う人との出会いが与える影響が、
私にとって今までプラスにしか働いてこなかったので、
私は価値観が違う人に高確率で会える都市部をおすすめします。

5.企業が多い

都市部は圧倒的に企業の数が多いです。

データは以下の通り。
(・ ホーム » 経済ランキング » 都道府県の企業数(会社の数)ランキングより)

順位 県名 企業数(合計) うち大企業数 うち中小企業数 全国割合
1 東京都 452,197 4,538 447,659 11.84%
2 大阪府 294,099 1,106 292,993 7.70%
3 愛知県 221,411 644 220,767 5.80%
4 神奈川県 200,530 572 199,958 5.25%
5 埼玉県 172,435 253 172,182 4.51%
6 兵庫県 154,949 303 154,646 4.06%
7 北海道 151,402 279 151,123 3.96%
8 福岡県 143,408 350 143,058 3.75%
9 千葉県 129,126 226 128,900 3.38%
10 静岡県 127,643 203 127,440 3.34%

上位10位までで50%を占めています。
15位からは2%を切っています。

都市部と地方では、企業にアクセスしたり、サービスを受けることができる機会が全く違います。

例えば、DeNA、「0円タクシー」を期間限定で提供へのような最新サービスがあります。

それは、都市部でしか受けることが出来ません。

なぜなら、圧倒的な人の数が居る=サービス(や広告)を打つ意味がある という環境的な背景からです。

もし、あなたが広告主なら・・・

1%の応答率で製品を購入してくれるとして、同じ料金で広告するなら、

100万人に広告を打ちたいか

1万人に広告を打ちたいか

どちらを選択するかは自明の理ですよね?

そのため、都市部は圧倒的に有利です。

都市部で様々な新しいサービスを受けることで、

サービス自体に興味を持ってもらうこと、
そして、「サービスが新しくできるのは当たり前」

というマインドセットを子供に持ってほしいと思います。

6.仕事以外の選択肢を見つけることができる

都市部にはホームレスや、バンドマン、昼間に道端で寝ている人、何をやっているかわからないけど生きてる人などをよく見かけます。

人がいるからこそ、お金が集まり、その分経済のおこぼれに預かれる人数が増えます。

「仕事をしなければならない」というマインドより、

「どうにか生きていけるなら、自分は何がしたいか?」という気づきを得ることが出来ると思います。

翻って地方では、当たり前のように人生のルートを小さい環境内で決めてしまう傾向があります。

それは勿体なくありませんか?

あなたに合う場所は他にあるかもしれないのに。

多くの選択肢の中で、地元が良いと選ぶのなら良いと思います。

まとめ

都市部と地方には大きな違いがあります。

「常識」が違います。

あなたは、あなたの子供に小さな常識の中で生きてもらいたいですか?

それとも、多くの選択肢の中から迷いながら選んでほしいですか?

私は、多くの選択肢を与え、その中から自分の好きな道を歩んでくれればと思います。

・・・うん、まずは相手を探そう、な?

29歳は何のために生きるのか

私は恵まれて育ってきた。
間違いなく恵まれた両親から、祖父母から、環境から守られて生きてきた。

お金の心配もなく、食べ物の心配もなく、そんなに贅沢な暮らしではなかったけど、安心して生きてこれた。

確かにそれだけで幸せだった。
お金や食べ物に興味がなかったのも、その生活が生み出したものだろう。

ただ、時間は過ぎて行く。
守ってくれた彼らは、ひとり、またひとりと居なくなっていく。

なぜ、私はこんなことをしているのだろうか?

今の私は他人から見れば、確かにエリートかもしれない。
そう、外資系企業に勤め、医薬品開発に携わっている研究員だ。

だが、本当に私はこんな生き方を望んだだろうか?
その疑念が、守ってくれた彼らひとりを看取ったことで、炎上した。

私には生きる目的があった。

果たして、このまま人の言う通りに生きることで、それは達成できるのだろうか?
いや、できない。間違いなく。

箱に閉じ込められているのだろうか?
それとも、箱があると勘違いしているのだろうか?

私はいつの間にか、あれだけ嫌だった”決められた”レールに載っていた。

「何もせずに生きているくらいなら死んだほうがマシ」

私自身から見ても極端な思考だと思う。
ただ、自身の人生を見る限り、それは脈々と続いている。
それが尽きることはないだろう。

しかし、それに勝つほどの気持ちがある。

「怖い」だ。

誰かを喪うこと、何かを失うこと、壊すこと。
そして、時間を失うことにも。

なぜなら、いつも死が目の前に実感として居るからだ。

常に、頭の中に居る厄介な、それでいて行動の手助けをしてくれる変な奴だ。

いつでも、なんにでも手を抜かないのは、彼に見張られているからだ。
手を抜けない、というべきか。

彼は怖い。

現代は彼らを覆い隠そうとしている。
見えないように、気付かないように、そっと。

彼はいつでもそばにいるのに。

そして、少しずつ近づいたり、遠ざかったりしている。
ただ、いつの間にかそばにいる。

あなたの生きる目的は何だろうか?
今のままで、その目的にたどり着けるだろうか?

いつものように、いつもの場所で。
私にはそれがとても怖い。

思いつきの創薬戦略

ちょっとした思いつきです。

現代の創薬の流れは下記のようになります。

リガンド(薬剤分子)と目標レセプター(受容体)を結合させ、下流のシグナル伝達を引き起こし、病気の治療を目指す。

リガンド+レセプター → シグナル伝達 → 病気の治療

成功確率3万分の1と言われています。ちょっと無茶すぎないか。

ワクチンは下記の通り。

弱毒化or不活化した病原体 → 免疫の活性化 → 病気の予防

その中に多くの戦略があると思いますが、私にはわかりません。(汗
新技術で言えば・・・動物薬だと遺伝子組換えワクチンが30種類前後。多いですね。

シグナル伝達を抑制する(特定の受容体だけ蓋をする)タイプの薬剤とかないのかな?
受容体を消したノックアウトマウスとかめちゃくちゃ作られてるしなあ無いか。。(局所ノックアウトとかはあるのか?)
ノックアウト人間は作れないのでわからなさそうだけど。

蚊で実施されているような不妊遺伝子。
病原体はそもそも交配できるのか。いや、できないのがほとんどだ。

本庶佑さんの「免疫抑制シグナルを抑制する」・・・あれも結局免疫増強のためのものか。

下記の動画を再度見つけてタイトルのことを思いました。
VRで分子構造を可視化すれば、創薬がもっと「直感的」になる

王道はやはり王道なのか?

・・・1回は教科書を書く体験をするのは大きな経験ですね。

その人達と仕事をしていてよく思います。ちょっと違う次元だなと。

奪われ得るもの。その認識が明日を決めるかもしれない。

奪われるものが多いほど失うことに恐怖心が無くなる。
私は多く奪われてきたし、自ら投げ捨てて来たこともある。
ただ、他人にだけは正直で居よう。

その人の希望を叶えよう。叶えられないのならNoと言おう。

それが幸せじゃないのか?

希望に合わなければ他を紹介しよう。
わざわざ全員から好かれるためにいい顔をしようなんて思わない。

それでここまで何万もの夢を潰してきたんだ?

子供っぽいかもしれないが、それこそあなたの望んでいる世界ではないか?

人は材料じゃない。これからは創造性の時代だ。

今までのことを続けなければならない理由がどこにある?
人の興味は全く変わらないのか?

もし可能であれば、希望に合わせて仕事ができる、そんな会社を作れればいいなと思う。
その時には会社という概念も変わっているだろう。

だからそのために、今、勉強しなければ。この世は努力至上主義だ。

若者”疲れ”の原因

人は誰でも、自分自身への誇りを、自分に課された仕事を果していくことで確実にしていく。だから、職を奪うということは、その人から、自尊心を育む可能性さえも奪うことになるのです
ー日本人へ リーダー篇(塩野七生)自尊心と職業の関係 より

若者たちは皆、何かを成し遂げたいのである。

ただ、それは高度経済成長期の画一的なもの、例えば仕事ではなく、個人に立脚したものに満足感を感じる。仕事でないものに彼らは誇りを見出し、日々生きている。それを否定しては彼らの生き方を否定することになる。

しかし現代は、若者の文化を、人間の尊厳を無視した過重で無意味な労働が実際に行われている。彼らは彼らの正しいことをしたい。ただ、できないのである。

それでいて昔のように共同体に所属することで得られるものもなく、さらには時間を、彼らの誇りを得る時間を奪い続けている。それがインターネットにより公になることで、今いる場所や今後進む進路、社会全体に対する不安が広まっているのではないだろうか。

日本企業は社員の献身、やる気、動機付け、熱意といったものを当然と考えている。そのため、これらの態度を積極的に推進するための方法を自ら開拓することがない。
-日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか? より

このように断じられるほど、企業側から当たり前のように押し付けられる”常識”に若者は押しつぶされている。
彼らの”常識”と企業の”常識”は驚くほど離れている。それを偏見と気付かずに、平気で押し付けるのだ。

常識とは、18歳までに身に付けた偏見のコレクションである。(A.アインシュタイン)

日本人は、何か一つの事柄に対し腰を据えて行うということが非常に得意である。例えば、高度なインフラ整備や、未だに世界のトップにある車の製造である。どこまで極められるのか、自分の力はどこまであるのか知りたいのだ。ただ、その特徴も社会への不安や反抗心があれば、腰を据えて仕事するどころか「敵はどこか」と探しながら、仲間との狭い”一つの関わり”の中に埋没していくだろう。

現在は情報過多時代だ。他者の微分した思いに触れる量が多い。
今まで知り得なかった整理されていない思いに。
そこで一喜一憂していくと、他者の存在を過度に意識するようになるのは明白だ。

不安だからこそ仲間内で固まる。人は誰しもその集団の雰囲気に飲まれていく。
それを断ち切るには別の環境に行く必要があるが、心地いいだけに難しい。
しかも、人は変化を求めていない事が多い。別の環境に行く手間より、今の環境を守ることに腐心しがちだ。
そうして疲れてしまうのだ。自らと彼らの違いに。

個人に立脚した希望に満足を得つつ、過度に他人を意識していく。
個人主義でありながら、全体主義も包括した様々な新しいメディアはそれを助長する。

もし、”疲れている”と感じるのであればその世界から一度離れてみてはいかがだろうか?
そして、自分に課された仕事は何か、それを探してみよう。

探し方?まずは新しいメディアの電源を切り、外に出て街を歩いてみよう。
何があなたの興味を引くだろうか?
何があなたにとって嫌だろうか?
何があなたにとって達成したいことだろうか?

今からでも遅くない。いつでも、今が一番若い。