少子化の議論でそもそもわかってねえな…という話が多すぎるので考えをまとめました。
「生きるのが息苦しい」と感じることが多い問題についての派生ブログとなります。
結論
まず原因の結論から。
1・自由・競争の行き過ぎた社会
2・継続したデフレ
1については大きく二つ原因があり、
①女性(選ぶ側)の特性
②個人間の競争が行き過ぎている
2については、1-①に大きく影響を与えます。
結果的に、弱者男性が徹底的に虐げられる、結婚できない構造をしています。
では見ていきましょう。
論点
ここで、問題をわかりやすくするために論点を絞ります。
少子化とは、合計特殊出生率の低下とします。
合計特殊出生率は、有配偶率×有配偶者出生率で求められます。
さて、直近(1973年付近(氷河期世代)以降)の少子化はなぜ起こっているのでしょうか。
政府統計を見てみましょう。
資料は結婚に関する現状と課題について(子ども家庭庁)を参考にしています。
合計特殊出生率
氷河期世代が生まれたころ(0歳;1973年付近)は2点台でした。
ところがその世代が大人になり、子供を産むころ(27歳;2000年付近)には1.6前後になりました。
ただ、そこで勢いは止まらずに現代(2023年付近)では1.20前後です。
そこで合計特殊出生率を、有配偶率×有配偶者出生率で分解しましょう。
有配偶率
氷河期世代が生まれたころ(0歳;1973年付近)は男性で2%程度でした。女性のほうが多いくらい。
ところがその世代が大人になり(20歳;1993年付近)、子供を産み育て始めるころ(30歳;2000年付近)には5% → 12%になりました。1世代(30年程度)で6倍って…。
ただ、そこで勢いは止まらずに現代(2020年付近)では30%に乗りそうなくらいです。約50年で15倍です。
有配偶者出生率
氷河期世代が生まれたころ(0歳;1973年付近)は男性で2.20でした。
その世代が大人になって(20歳;1993年付近)も、子供を産み育て始めるころ(30歳;2000年付近)でも変わりません。
その後、2000年ごろに潮目が変わり、2010年から低下が落ち着いて1.96、今は1.90。つまりそれ以降の世代で何かが起こったようです。
論点の確認
合計特殊出生率の低下は、有配偶率の低下が主な原因として考えられます。
ただし、別の原因として有配偶者出生率の低下は2000年ごろに起こっています。(たぶん、別の要因で起こったのでしょうが…)
発端
【少子化はなぜ止まらないのか】「子育て支援」では日本人は増えない/西田亮介×安田洋祐 日本ってどうなんですか会議#7から着想しました。
出てくる原因や施策が、競争の勝者側の視点なんですよ。選ばなければ相手は居るという前提の。
例えば・・・
子どもを持つには経済的な目途が立たないと難しい
婚活パーティーでも低年収で相手が見つからない
氷河期世代が子どもを産みやすい環境だったら日本の行く末は変わった
消費効用・所得効用・老齢保障
機会費用のお話
社会的なイメージのお話
フランスみたいに結婚しなくても子育てできる環境
結婚年齢が遅くなり第2子第3子にたどり着かない
東京は機会費用が高い
男性育児
Z世代は恋愛と結婚を切り離す
転職支援
リスキリング
デフレ
中長期的の子育て支援で安心感を持って子育てしてもらう
移民
例えばとかいいつつ、めっちゃ出てきた。なんでだろってことで論点や批判をまとめてみました。
上記談話に対する批判
子どもを持つには経済的な目途が立たないと難しい
つまり、夫婦になった人たちが子どもを持つようにしよう=有配偶者出生率を増やそう…って本当にそうでしょうか。
婚活パーティーでも低年収で相手が見つからない
そりゃ・・・女性は平均以上じゃないと相手にしないのでそうなります。
つまり、平均以下の相手は生物として認められないですし、結果的に彼女たちの視界に入らないです。
「そんなの損をするくらいなら、自分一人がいい」なんですよ。昔と違って、結婚しなくても経済的・社会的に困らないですし。
世相が有配偶率を下げてもいい構造になっているんです。
氷河期世代が子どもを産みやすい環境だったら日本の行く末は変わった
本当にそうでしょうか?
先に触れたとおり、氷河期世代が大人になるまではすべての指標はわりと低い水準でした。
彼らが大人になってから出産する年齢になる時の出生率の激減は目を覆うばかりですが、それ以降も堅調に出生率が減っていますよね。
つまり、彼らから始まり止まらないというより・・・氷河期世代の苦難と同時に、何らかの構造的変化が起こって原因が見えづらくなっているのではないでしょうか。
もし、彼らだけの問題であれば後の世代もそうならないです。(他国でも起こってますし)
彼らがそうなっていなかったとしても、先送りできるとは言え遅かれ早かれ同じ結末ではないでしょうか?・・・とはいえ指標が劇的に悪くなったのは間違いないです。
消費効用・所得効用・老齢保障
そもそも得をするから産む・産まないを判断できるフィールドに居ない人(≒競争の敗者)が多いんですが・・・それは。これも有配偶率を無視していますよね。
「家族」を前提にするとこういう話になりますね。労働力での活用もそう。
家族になる前に見えてないハードルがありますよね。自由な結果、家族になれという社会的な圧もないし。
機会費用のお話
「これまで男性は払ってこなかったし、役割分担として女性がすべて払っていた。」それは間違いなくそうです。
ただ、よく考えてほしいのはその機会を払えるのは誰ですか。
競争に勝てば機会費用の原資が得られます。機会費用を他に払えば、その分競争に負けやすくなりますよね。勝者以外に払えないのではないでしょうか。
他の話として、これも競争社会の構造的な問題なのですが、子供から大人になるまでずっと機会費用を払っているんですよね。その競争から降りることはできますか?ずっと払い続けていて、これからも払い続けなければならなそうなものから。
社会的なイメージのお話
結婚・出産に悪いイメージ…はまたこれも競争の勝者ですよね。敗者はそもそもそこの土台に上がれませんから。子どもを持つ楽しさをもっていても、相手が見つからない人の気持ちが分かりますかという。
昔のように、社会的に強制的に結婚させてきた風習が有配偶率には強いんですよ・・・。元に戻せとは言いません、現実的に自由を捨てるのは不可能ですし。
フランスみたいに結婚しなくても子育てできる環境
いや、現実問題・・・(日本で)そんなやつ見たことある?統計上も存在するの?・・・ということで、これは統計が必要ですね。
結婚年齢が遅くなり第2子第3子にたどり着かない
たしか、昔は40代でも出産していたような・・・?統計があったはずです。
ただ、確かに今は35歳以降はタブーみたいな思い込みがありますね。45歳くらいまでは生物学的に問題ないはずです。
東京は機会費用が高い
それはそう。地方から出てくる奴はワイも含めて競争しにきている状態です。地方だと自分の求める仕事がないから。
東京は結果的に競争が多くなり、結婚や出産にかまいづらいし、女性に選ばれやすい男性はその競争の中の上澄みになるしで無駄に競争している状態ですね。娯楽が多いのも間違いないですが、これも競争から生まれてると考えると…。
東京で広い家を持つのが難しいというより、地方よりあり得ないくらい高いんです。
購入・賃貸をどちらも考えてみましょう。
都心なら、購入は20万/月(240万)の35年ローン(計8,400)とかいうレベルでもまともに買えない。
賃貸で20万/月あっても微妙な大きさ。二人暮らしならなんとかなるが。
都心からちょっと離れると時間という機会費用の原資が強制的に奪われるし…。「それができるくらいの人間」が前提になれば、そりゃ結婚しようともならんです。
男性育児
これも育児しても、時間やお金に余裕があるようになる職業についている人やろ。すでに強いやん。
ダブルワーク必須な環境で育児できますか?ワイは育児も中途半端、2つめのワークもできませんでした(実体験)
Z世代は恋愛と結婚を切り離す
なおさら「結婚しないよね」ってなるでしょう。
経済的な合理性を重視するなら、結婚しないほうが良いです。税制面で。結婚してる状態だと、世帯収入でマイナス補正が入って独身同士より苦しくなります…。
転職支援
競争を促進しても勝てる人の割合は変わらないのでは。これも機会費用を使わせるんですよ。
確かに、お題目的には「天職を得られれば生産性は上がる」んですがねえ…。停滞していると結果的に席の奪い合いになっちゃうんですよ。
リスキリング
リスキリングしたおじさんと、スキルを持った若手どっちを取りたいでしょうか。
スキルだけ評価する場合、ワイなら若手ですね。
リスキリング対象になるおじさん(≒競争での弱者)がこれまで通りの高い年収を取れるとでも思っているのでしょうか。もしあるとしたら、業界・業種での仕事の進め方(法令や慣習等含む)を知っていて活用できる等、若手にないものが必要ですよね。
そもそもですが、少子化におじさんは関係するのでしょうか…。若手にリスキリングしないですし。
デフレ
これはあると思います。
人間は、前より下がる(損が出る)ことってめっちゃくちゃ受け入れづらいです。
特に女性の受け取り方を考えてみましょう。
今の時点では平均的な収入(平均的な競争力がある人)でも、前より平均が下がっていたら・・・相手は損するように感じます。さて、有配偶率は上がるのでしょうか?下がるのでしょうか?
それを考えると、別の話になりますが、増税で手取り率減は結構効いてくるでしょうね。結局、損するように感じるんですよね。選ぶ側が。
中長期的の子育て支援で安心感を持って子育てしてもらう
つまり、夫婦になった人たちが子どもを持つようにしよう=有配偶者出生率を増やそう…って本当にそうでしょうか。(n回目)
動画の冒頭で、「少子化と高齢化が同時に進行しているしんどい社会」ってそりゃ子どもが生まれんかったらそらそうなるよと。
数々の先進国がどのような施策をしてもなぜうまくいかないのか?それは構造的な問題ではないのか?ということです。
移民
先に移民を受け入れた他の先進国はすべからく移民締め出ししてる気がするが…?失策なのでは。
・・・ということは置いといて、
単純に人が増えてほしいのか、それとも日本に適合するような(世界的に見たら高度な)人が増えてほしいのかどっちでしょうか。後者だと思いますが。
移民になるような人は二極化(その国のエリート、またはあぶれ者)しているとすると、他先進国に比べ比較的低調な日本に入ってくるのはどちらでしょうか。
「日本文化に魅了されました!!」なんて人がそれほど多いとは思えないです。それを本気で求めていたら「頭お花畑」と揶揄されるでしょう。
(もう一度)結論
原因の結論を見直します。
1・自由・競争の行き過ぎた社会
2・継続したデフレ
1については大きく二つ原因があり、
①女性(選ぶ側)の特性
②個人間の競争が行き過ぎている
2については、1-①に大きく影響を与えます。
ここまで出た話題から考えても、結果的に、弱者男性が徹底的に虐げられる、結婚できない構造をしています。
作者コメント
このような的外れな議論が当たり前にされることって、構造的に当たり前なんですよね。(同じものを繰り返す進次郎構文に見えますが、次を読んでみて!)
自由な、競争できる社会だからこそ、競争の勝者しか発言権が得られないからです。
政府で働いている政治家・官僚・外部業者(コンサル他)、施策を考える外部委員、原因を考える経済学などの研究者。全員勝者なんですよ。他より良さそうだから選ばれている人たちなんですよ。
これは男性・女性などの属性にも関係しませんというより、男性優位な社会で勝ち残れる女性って相当実力がヤバいのでは…。(感想)
つまり、(一般的な思考から乖離した)勝者なんですよ。結果的に、(他の人が自分と同じように動けると考えて)議論をし、施策を打ってしまう。「自分と同じように」が人の発言のデフォルトです。そして、そんなに(一般的な)人間、強者の真似をできるほど強クナイヨ。
典型的な例は、「こども家庭庁ベビーシッター券」(心理:ベビーシッターを雇えばええやん)です。
論点としては、心理的なハードル、経済的なハードルがあります。
心理的なハードルとしては、他人(個人)に子どもを預けることができますかってことです。これは見方を変えると・・・他人(組織)なら保育園や幼稚園となり、こちらは受け入れられていますね。ただ、よく考えてみてほしいのは、保育園や幼稚園は仕事をしている時間帯(9~16時くらい)は預けられるのにそれ以上必要って珍しいですね。どんな働き方してるんですか。
経済的なハードルとしては、ベビーシッターを常に雇えるくらい収入があるかってことです。ベビーシッターを平均年収と仮定し、物理的に掛け持ちは難しいですし心理的にもはばかられると考えられるので、同時に1人しか見れないとします。そういう前提とすると、サービスを受ける側は自分の働いた分(平均年収)を、(保育園や幼稚園でカバーできる分を考えても労働時間の短い)ベビーシッターに送金するくらいなら自分で育てるわってなりませんか?
もし、ベビーシッターの年収が少なくなればベビーシッターを専門的にやろうとする人はいるのでしょうか?年収が低くなると、他の同様の職種と同様に選ばれなくなります。
またまたそもそも論ですが、ベビーシッター的な役割は両親の両親の仕事ではなかったでしょうか。
ワイは両親の両親(つまりジジババさま方)に結構助けていただいているのですが、今では「その依頼を受けてくれるような良い家庭環境」が前提になるのでそれってなかなかない気がしますよ…。昔は社会の目という強制力があり、違いましたが。
上記でちょいと補足すると、(一般的な思考から乖離した)勝者と言っていましたが、一般的な思考をしていたらふつーになりやすいんですよ。才能があるように見える人、何らかの勝者は何か犠牲にしてるんです、たぶん。だから、そのしがらみから逃げれないんです。
そして、その優秀さは・・・その分野だけなんです。その分野の見方が優れているというだけです。大学受験での強者が他で必ず活躍できるでしょうか。だから、「優秀な人」に任せるのは「その優秀な分野」だけにすべきなのでしょう。